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シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、真の自分からのサインやヒントなのだそうです。

「意味のある」偶然の一致と言っても最初から意味が分かることはほとんどありません。
それが起こった時はただ単に「符合する」という感じ。

その偶然の一致を辿っていくと、まるで「こっちだよ」「この人だよ」「それで合ってるよ」「いいね、その調子!」などと導かれたり、応援されたり、いつも守られている感覚が備わります。
特に「原初音瞑想」を実践しているとシンクロが日常茶飯事に☆☆☆

そして偶然・予想外・予定外のことに満ちた道のりも、振り返ってみると自分の願望に沿って起こっていたことが後から分かったり…!
ブログ「渡邊愛子のシンクロ・ジャーニー」ではそんな日常を綴って参ります♪

目に見えない世界のことを全く信じていなかった私が(たぶん今もですが^^)

2005年に瞑想に出会い、翌年(株)ボディ・マインド・スピリットを設立して

サロンでは数名のセラピストさんたちによる「ヒーリング」や「リーディング」他、様々なセラピーを提供していく展開になっていったので

私もこの13年間で(特に2012年までの間)様々なヒーリングやリーディングのセッションを受ける機会が多かったのですが

セッションの中で私の「過去生」について言及されることもあり

その都度、まるで映画を1本観るみたいな(ある人物の一生を知るという意味で)エンターテインメントのひとつのように捉えていたのでした。

また、いろいろ過去生があったとしても、全て今生に、現在に集約されているから

「現実をしっかり生きていくのが大事」という信念もありました。


そんな私に、今年の夏の家族旅行で九州を周遊した最終日

8月6日に知覧特攻平和会館で、私の直近の前世の人物に出会う(写真と身元が分かる)という出来事が起こり、

8月15日(終戦記念日)には前世の人物の妹さんがご存命ということも分かり…

あまりにも偶然が重なって行くのと、リアルな感覚も伴っているので

目に見えない物事を信じない私もさすがに・・・


またこのタイミングで起こっていたことから

私の前世かどうかは別として、その人物が伝えたかったことを

私が代わりに伝えることも大事なのかしらと感じて

思い切ってブログに書いてみることにしました。


発端は2年前の2016年春。

私の右目の周りが鼻や額のあたりまで赤く炎症を起こした状態が長引き

「これは何だろう??」と思っていた頃に

エネルギーリーディングが得意なカナダ人ヒーラーさんから来日するという連絡が入り

セッションを受ける流れになったのでした。


早速「この目の周りの炎症は何でしょう?」と聞くと

エネルギーリーディングを始めて下さって:

「あなたの直近の前世での経験と関係があるようですね…

 あなたは日本の特攻隊員で最年少でした。

 当時の教育と訓練を受けて選ばれしものとなり

 やる気満々だったあなたは、意気揚々と飛び立って行ったのですが

 ターゲットに突撃する直前に、全てに気が付いてしまうのです。

 敵とみなしている相手にも、家族がいて愛する人たちが母国で待っていること・・・

 戦争という行いが何と愚かな選択肢であるかということ等・・・。

 最後の最後でターゲットからそれて海岸に不時着するけれど飛行機は爆発・炎上。

 全身打撲と骨折、火傷を負い、ひどい苦痛の中でも死ねずに2~3日間過ごします。

 その間にこれまで受けた教育や戦争の意味、全てを悟り、

 悔やみ、悲しみ、あらゆる感情を味わって

 また誰もが最善を尽くしていたことも理解し、

 戦争の無い平和な世界が実現することを切望して、命を終えました。

 その過去生が今、出ている顔の炎症と体中の痛みと関係しているかも知れません。」


それを聞いている間、涙が流れ続けるのと、リアルな感情が伴うこと、

そして今の私が<戦争の無い世界を切望している>

この思いは一体どこから来ているんだろう?

と長年の疑問でもあったので

そうだったのかも知れないな・・・

と感じてセッションを終えました。


目のまわりの炎症がすっかり消えたのはそこから3か月位経ってからでしたが

その頃、誰だったか忘れてしまったのですが

こういうセッションを受けたことと前世が特攻隊員だったらしい、と話した時に

「愛子さん、知覧(ちらん)に行ってみるといいですよ。

 知覧には特攻平和会館というのがあって、そこに行くと

 特攻隊員の写真が展示されているので、前世の自分に会えかも知れませんよ。」

と言われて、早速「ちらん 特攻隊」と検索してみて

<ずいぶん遠いところにあるんだなぁ・・・>と思ったっきりだったのです。

それが2年前。


今年、6月に出雲大社でご神事イベントをプロデュースしたことがきっかけで

まるでその準備のように、5月に宮崎県の天岩戸神社を参拝したことから

「また宮崎に来たい」→「夏の家族旅行で」→「4泊5日なら九州を周遊したい」

という流れで、熊本空港から入って最後は鹿児島空港から帰って来るという旅程になったのでした。


4泊目は鹿児島県で、ということになり

10歳の娘に「どういうところに泊まりたい?」と聞くと

「キャンプ場に泊まりたい。テントの中で寝てみたい!」と言うので

私は今まだ<床に座ったり立ったり>ができないのでベッドに寝られて

パパと娘だけテントに泊まれるようなところを探していたところ

なかなか見つからなかったのですが

福岡出身の歌手、藤崎理映子さんと九州旅行について話していた時に

「鹿児島なら、砂風呂で有名な<いぶすき(指宿)>によく行きました☆」

と聞いて、ふと「 キャンプ場 指宿 」と検索してみたところ

まさに私が探しているようなベッドでの宿泊もできて、テントもあるというところがヒットし

残り1部屋ということで、即・予約をしたのでした。

20180805

そして、九州旅行の4日目、最終地の指宿に向かう最中のこと。

宮崎県の青島から、霧島山の北側を周って鹿児島を南下していくというドライブコースだったのですが

朝晩の原初音瞑想を実践している私が運転したほうがスムーズなのと

私は結構スピードを出すのが好きなので^^ ナビの予測で5時間位かかるところをかなり縮め


指宿まであと1時間ぐらいとなった時に

道案内に「知覧 Chiran」という地名が出て来るようになって

旦那さまに「ねぇ、【ちらん】って何だっけ・・・?」

と聞いて、二人で「何だっけ・・・」と言っているうちに

特徴的な形の山が見えて来て

20180805Kaimon

「わぁ☆この山、いい形!・・・ちょっと富士山みたいな・・・? 綺麗~♪」

などと言っていると、娘が標識を見て

「かいもんだけ(開聞岳)っていう山みたいだよ。」と教えてくれて。

間もなく私が

「あ、知覧って、特攻隊の?」

と言うと、旦那さまが

「そうだ、特攻隊の基地があったところだ。でも何か?」

というので

「実はね・・・以前に、私の直近の前世が最年少の特攻隊員だったと言われたことがあって

 その時に<知覧>ってところに平和会館があるから

行ったほうがいいとアドバイスしてくれた人もいて、

すっかり忘れてたんだけど・・・ここだったんだね・・・」


娘は「ママの前世?! とっこうたいって何??」ということで

まずは特攻隊が何か、という話題に切り替わり、

まもなくキャンプ場に到着してパパと娘はバーベキューの後、テント宿泊。

私はベッドのあるホテルの部屋で宿泊となったのですが

その翌朝。


最終日は、夕方の便で鹿児島空港から帰るということだけで

何の予定も経てていなかったので(これも不思議なのですが)

娘と旦那さまと合流した朝食会場で

「ねえ、今日、帰り道に<知覧>の特攻平和会館ってところに寄ってもいい?」

と聞くと、旦那さまは「別にいいよ」

娘は「あ!ママの前世の人ね♪♪♪」

ということで、チェックアウト後に向かったのでした。

20180806
知覧特攻平和会館に入って行くと

ロビーで15分間の映像による特攻隊の歴史というのが上映していたので

娘と椅子に座って観始めました。

映像は、あの綺麗な形の「開聞岳(かいもんだけ)」に始まり、

ところどころで山の映像が出て来たのですが

なぜか開聞岳が出て来るたびに涙がこみ上げます。

すると終盤の説明で、特攻員たちが最後に見た本土の風景が開聞岳だったとのこと。

20180806Kaimon

不思議な気持ちで最初の「遺品室」というところに入ると

ずらーっと特攻隊員たちの写真が掲示されていて

写真の下には氏名、年齢、出身地と、出撃日、戦死した場所が書かれていました。

娘と私は、そのうちの半分(片方の壁)しか見なかったのですが

「17才の人が4人いたね」ということで

私はその人たちの氏名と出身地だけメモしていたところ

娘が「ママ、特攻隊の人たちの情報を検索できる機械があるよ。名前を教えて」

と、調べ始めました。

20180806Kaikan

3人の人を調べて「最後の手紙とか、無いみたい・・・」と言っているので

「もういいよ、誰が最年少かわからないしね」

と立ち去ろうとすると

娘が「もう一人の人の名前も教えて!」と私のメモを見に来てまた検索しに戻り

「ママ、この人だけ<プロフィール>っていうページがあるよ!

 <最年少>って書いてある!・・・来て来て!」

と言うので見に行くと、

4人のうち、ひとりだけ笑顔が特徴的な
(ほとんどの人が真顔で写真に写っているのに、その人だけ爽やかな笑顔だった)
徳島県出身の井花敏男さんという少年でした。

平和祈念館では写真撮影禁止だったので、

「知覧特別攻撃隊」という写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿が掲載されている小冊子を買って帰り・・・。

それが8月6日。


家族旅行(という名の九州の神社巡り)から戻ってすぐに奈良の神社巡りに出かけたので

小冊子も袋に入ったままだったのですが

8月14日の晩、娘が小冊子「知覧特別攻撃隊」を取り出して来て

「ママー、井花敏夫さんの遺書とか日記とか無いよー」と言っているので

ふと、ウェブで「井花敏夫 特攻 徳島」

のキーワードで検索してみたところ、ちょうど1年前に放送された

NHKの番組で井花敏男さんが紹介された記事が出てきました(!)

http://www.nhk.or.jp/d-navi/link/senseki2017/11/

20180815FB
知覧の平和会館で見た笑顔の写真ではなく、真顔で飛行服姿でしたが

妹さんがご存命のご様子☆


つい1か月前に、徳島県から毎月のように表参道の瞑想会に来て下さっている30代の女性に

「私も、徳島に行ってみたいな~」と話していたところだったので

(でも何のために?と目的は分かっていなかったのですが)

井花敏男さんの実家(徳島県海陽町)のすぐそばに建てられているという

石碑を訪ねて行き、運が良ければ(シンクロが起これば?)

妹さんや同級生だった方々に会えるのかも知れません☆☆☆


それがネ、「戦争の無い平和な世界を切望する」想いや

開聞岳を見るたびにこみあげて来る涙とは別に

もしかしたら特攻隊員だったかもね?と感じることがもう2つあって

ひとつは、私、飛行機に乗るのが好きで

おそらくこれまでに500回近く搭乗しているということ。

(そう言えば初めての海外だったニュージーランドに到着した翌朝、ホームステイ先のお父さんに連れられてセスナに乗りに行き、操縦桿もにぎらせてもらった覚えが!)

もうひとつは、私、車に関して全く興味が無いのに

運転することは好きで、スピードを出すのも大丈夫なこと。

(以前、出張でドイツに行った時に、レンタカーでアウトバーンという高速道路に入ったら「ここからスピード制限なし」という表示になって時速180キロぐらい出していた覚えが!でも現地の方々は時速200キロ超えが普通でした・・・)

もしかすると?もしかするかも知れませんね☆


過去生を現在に統合していっているような、また現在の私が、過去生を癒して行っているような、そんな気もします。

それでも「今、この瞬間」が全てで、

今、この瞬間に創造のパワーが込められている・・・ので

瞑想、しましょう♪


14250039 - dove with olive branch design.

14250039 – dove with olive branch design.

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シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、真の自分からのサインやヒントなのだそうです。

「意味のある」偶然の一致と言っても最初から意味が分かることはほとんどありません。
それが起こった時はただ単に「符合する」という感じ。

その偶然の一致を辿っていくと、まるで「こっちだよ」「この人だよ」「それで合ってるよ」「いいね、その調子!」などと導かれたり、応援されたり、いつも守られている感覚が備わります。
特に「原初音瞑想」を実践しているとシンクロが日常茶飯事に☆☆☆

そして偶然・予想外・予定外のことに満ちた道のりも、振り返ってみると自分の願望に沿って起こっていたことが後から分かったり…!
ブログ「渡邊愛子のシンクロ・ジャーニー」ではそんな日常を綴って参ります♪

目に見えない世界のことを全く信じていなかった私が(たぶん今もですが^^)

2005年に瞑想に出会い、翌年(株)ボディ・マインド・スピリットを設立して

サロンでは数名のセラピストさんたちによる「ヒーリング」や「リーディング」他、様々なセラピーを提供していく展開になっていったので

私もこの13年間で(特に2012年までの間)様々なヒーリングやリーディングのセッションを受ける機会が多かったのですが

セッションの中で私の「過去生」について言及されることもあり

その都度、まるで映画を1本観るみたいな(ある人物の一生を知るという意味で)エンターテインメントのひとつのように捉えていたのでした。

また、いろいろ過去生があったとしても、全て今生に、現在に集約されているから

「現実をしっかり生きていくのが大事」という信念もありました。


そんな私に、今年の夏の家族旅行で九州を周遊した最終日

8月6日に知覧特攻平和会館で、私の直近の前世の人物に出会う(写真と身元が分かる)という出来事が起こり、

8月15日(終戦記念日)には前世の人物の妹さんがご存命ということも分かり…

あまりにも偶然が重なって行くのと、リアルな感覚も伴っているので

目に見えない物事を信じない私もさすがに・・・


またこのタイミングで起こっていたことから

私の前世かどうかは別として、その人物が伝えたかったことを

私が代わりに伝えることも大事なのかしらと感じて

思い切ってブログに書いてみることにしました。


発端は2年前の2016年春。

私の右目の周りが鼻や額のあたりまで赤く炎症を起こした状態が長引き

「これは何だろう??」と思っていた頃に

エネルギーリーディングが得意なカナダ人ヒーラーさんから来日するという連絡が入り

セッションを受ける流れになったのでした。


早速「この目の周りの炎症は何でしょう?」と聞くと

エネルギーリーディングを始めて下さって:

「あなたの直近の前世での経験と関係があるようですね…

 あなたは日本の特攻隊員で最年少でした。

 当時の教育と訓練を受けて選ばれしものとなり

 やる気満々だったあなたは、意気揚々と飛び立って行ったのですが

 ターゲットに突撃する直前に、全てに気が付いてしまうのです。

 敵とみなしている相手にも、家族がいて愛する人たちが母国で待っていること・・・

 戦争という行いが何と愚かな選択肢であるかということ等・・・。

 最後の最後でターゲットからそれて海岸に不時着するけれど飛行機は爆発・炎上。

 全身打撲と骨折、火傷を負い、ひどい苦痛の中でも死ねずに2~3日間過ごします。

 その間にこれまで受けた教育や戦争の意味、全てを悟り、

 悔やみ、悲しみ、あらゆる感情を味わって

 また誰もが最善を尽くしていたことも理解し、

 戦争の無い平和な世界が実現することを切望して、命を終えました。

 その過去生が今、出ている顔の炎症と体中の痛みと関係しているかも知れません。」


それを聞いている間、涙が流れ続けるのと、リアルな感情が伴うこと、

そして今の私が<戦争の無い世界を切望している>

この思いは一体どこから来ているんだろう?

と長年の疑問でもあったので

そうだったのかも知れないな・・・

と感じてセッションを終えました。


目のまわりの炎症がすっかり消えたのはそこから3か月位経ってからでしたが

その頃、誰だったか忘れてしまったのですが

こういうセッションを受けたことと前世が特攻隊員だったらしい、と話した時に

「愛子さん、知覧(ちらん)に行ってみるといいですよ。

 知覧には特攻平和会館というのがあって、そこに行くと

 特攻隊員の写真が展示されているので、前世の自分に会えかも知れませんよ。」

と言われて、早速「ちらん 特攻隊」と検索してみて

<ずいぶん遠いところにあるんだなぁ・・・>と思ったっきりだったのです。

それが2年前。


今年、6月に出雲大社でご神事イベントをプロデュースしたことがきっかけで

まるでその準備のように、5月に宮崎県の天岩戸神社を参拝したことから

「また宮崎に来たい」→「夏の家族旅行で」→「4泊5日なら九州を周遊したい」

という流れで、熊本空港から入って最後は鹿児島空港から帰って来るという旅程になったのでした。


4泊目は鹿児島県で、ということになり

10歳の娘に「どういうところに泊まりたい?」と聞くと

「キャンプ場に泊まりたい。テントの中で寝てみたい!」と言うので

私は今まだ<床に座ったり立ったり>ができないのでベッドに寝られて

パパと娘だけテントに泊まれるようなところを探していたところ

なかなか見つからなかったのですが

福岡出身の歌手、藤崎理映子さんと九州旅行について話していた時に

「鹿児島なら、砂風呂で有名な<いぶすき(指宿)>によく行きました☆」

と聞いて、ふと「 キャンプ場 指宿 」と検索してみたところ

まさに私が探しているようなベッドでの宿泊もできて、テントもあるというところがヒットし

残り1部屋ということで、即・予約をしたのでした。

20180805

そして、九州旅行の4日目、最終地の指宿に向かう最中のこと。

宮崎県の青島から、霧島山の北側を周って鹿児島を南下していくというドライブコースだったのですが

朝晩の原初音瞑想を実践している私が運転したほうがスムーズなのと

私は結構スピードを出すのが好きなので^^ ナビの予測で5時間位かかるところをかなり縮め


指宿まであと1時間ぐらいとなった時に

道案内に「知覧 Chiran」という地名が出て来るようになって

旦那さまに「ねぇ、【ちらん】って何だっけ・・・?」

と聞いて、二人で「何だっけ・・・」と言っているうちに

特徴的な形の山が見えて来て

20180805Kaimon

「わぁ☆この山、いい形!・・・ちょっと富士山みたいな・・・? 綺麗~♪」

などと言っていると、娘が標識を見て

「かいもんだけ(開聞岳)っていう山みたいだよ。」と教えてくれて。

間もなく私が

「あ、知覧って、特攻隊の?」

と言うと、旦那さまが

「そうだ、特攻隊の基地があったところだ。でも何か?」

というので

「実はね・・・以前に、私の直近の前世が最年少の特攻隊員だったと言われたことがあって

 その時に<知覧>ってところに平和会館があるから

行ったほうがいいとアドバイスしてくれた人もいて、

すっかり忘れてたんだけど・・・ここだったんだね・・・」


娘は「ママの前世?! とっこうたいって何??」ということで

まずは特攻隊が何か、という話題に切り替わり、

まもなくキャンプ場に到着してパパと娘はバーベキューの後、テント宿泊。

私はベッドのあるホテルの部屋で宿泊となったのですが

その翌朝。


最終日は、夕方の便で鹿児島空港から帰るということだけで

何の予定も経てていなかったので(これも不思議なのですが)

娘と旦那さまと合流した朝食会場で

「ねえ、今日、帰り道に<知覧>の特攻平和会館ってところに寄ってもいい?」

と聞くと、旦那さまは「別にいいよ」

娘は「あ!ママの前世の人ね♪♪♪」

ということで、チェックアウト後に向かったのでした。

20180806
知覧特攻平和会館に入って行くと

ロビーで15分間の映像による特攻隊の歴史というのが上映していたので

娘と椅子に座って観始めました。

映像は、あの綺麗な形の「開聞岳(かいもんだけ)」に始まり、

ところどころで山の映像が出て来たのですが

なぜか開聞岳が出て来るたびに涙がこみ上げます。

すると終盤の説明で、特攻員たちが最後に見た本土の風景が開聞岳だったとのこと。

20180806Kaimon

不思議な気持ちで最初の「遺品室」というところに入ると

ずらーっと特攻隊員たちの写真が掲示されていて

写真の下には氏名、年齢、出身地と、出撃日、戦死した場所が書かれていました。

娘と私は、そのうちの半分(片方の壁)しか見なかったのですが

「17才の人が4人いたね」ということで

私はその人たちの氏名と出身地だけメモしていたところ

娘が「ママ、特攻隊の人たちの情報を検索できる機械があるよ。名前を教えて」

と、調べ始めました。

20180806Kaikan

3人の人を調べて「最後の手紙とか、無いみたい・・・」と言っているので

「もういいよ、誰が最年少かわからないしね」

と立ち去ろうとすると

娘が「もう一人の人の名前も教えて!」と私のメモを見に来てまた検索しに戻り

「ママ、この人だけ<プロフィール>っていうページがあるよ!

 <最年少>って書いてある!・・・来て来て!」

と言うので見に行くと、

4人のうち、ひとりだけ笑顔が特徴的な
(ほとんどの人が真顔で写真に写っているのに、その人だけ爽やかな笑顔だった)
徳島県出身の井花敏男さんという少年でした。

平和祈念館では写真撮影禁止だったので、

「知覧特別攻撃隊」という写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿が掲載されている小冊子を買って帰り・・・。

それが8月6日。


家族旅行(という名の九州の神社巡り)から戻ってすぐに奈良の神社巡りに出かけたので

小冊子も袋に入ったままだったのですが

8月14日の晩、娘が小冊子「知覧特別攻撃隊」を取り出して来て

「ママー、井花敏夫さんの遺書とか日記とか無いよー」と言っているので

ふと、ウェブで「井花敏夫 特攻 徳島」

のキーワードで検索してみたところ、ちょうど1年前に放送された

NHKの番組で井花敏男さんが紹介された記事が出てきました(!)

http://www.nhk.or.jp/d-navi/link/senseki2017/11/

20180815FB
知覧の平和会館で見た笑顔の写真ではなく、真顔で飛行服姿でしたが

妹さんがご存命のご様子☆


つい1か月前に、徳島県から毎月のように表参道の瞑想会に来て下さっている30代の女性に

「私も、徳島に行ってみたいな~」と話していたところだったので

(でも何のために?と目的は分かっていなかったのですが)

井花敏男さんの実家(徳島県海陽町)のすぐそばに建てられているという

石碑を訪ねて行き、運が良ければ(シンクロが起これば?)

妹さんや同級生だった方々に会えるのかも知れません☆☆☆


それがネ、「戦争の無い平和な世界を切望する」想いや

開聞岳を見るたびにこみあげて来る涙とは別に

もしかしたら特攻隊員だったかもね?と感じることがもう2つあって

ひとつは、私、飛行機に乗るのが好きで

おそらくこれまでに500回近く搭乗しているということ。

(そう言えば初めての海外だったニュージーランドに到着した翌朝、ホームステイ先のお父さんに連れられてセスナに乗りに行き、操縦桿もにぎらせてもらった覚えが!)

もうひとつは、私、車に関して全く興味が無いのに

運転することは好きで、スピードを出すのも大丈夫なこと。

(以前、出張でドイツに行った時に、レンタカーでアウトバーンという高速道路に入ったら「ここからスピード制限なし」という表示になって時速180キロぐらい出していた覚えが!でも現地の方々は時速200キロ超えが普通でした・・・)

もしかすると?もしかするかも知れませんね☆


過去生を現在に統合していっているような、また現在の私が、過去生を癒して行っているような、そんな気もします。

それでも「今、この瞬間」が全てで、

今、この瞬間に創造のパワーが込められている・・・ので

瞑想、しましょう♪


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14250039 – dove with olive branch design.

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